« 人間の寿命について | トップページ | 人類の未来について1 »

2006年1月19日 (木)

愛について語る1

SUZURAN2  今回の花はすずらん(ドイツすずらん)です。前回はクリスマスローズの八重の品種です。私のオリジナルですので、品種名はまだありません。ところで、今日は愛について。

 人を愛する気持ちっていうのは、いったい何なのだろうか。年を取ってみると、ますますわからなくなりました。若い頃は、自分自身の沸き上がる熱い思いを自分で制御することが全く不可能でした。一人の女の子を好きになると、そのことだけで頭の中は爆発しそうになりました。学校で顔を見ているだけで、家に帰っても、その子のことを考えているだけで幸せに満たされました。だからといって、その子をどうにかしたいとか決して考えませんでした。そうです、私は18歳頃までは完全なるプラトニックラブ主義者でした。だけど男ですから、性的な欲望はもちろん持っています、だけどその性的欲求と彼女への思いは全く別の物で、決して重なることはありませんでした。僕はそのことが大変誇らしいものと考えていました、つい最近までは。

 だけど、今は全くわからなくなりました。現在では、そういう一方的な深い思い込みのような感情はストーカー的なものだと忌み嫌われるようになりました。だけど僕がわからなくなった理由は、ストーカー的だからというわけではありません。それよりも、「人を愛する」ということはすごくきれいな印象を与える言葉ですが、それとは裏腹に最高に利己的な感情ではないかと思うようになったからです。利己的な感情が悪いというわけではありません。利己的な感情が存在しなければ生物は生存できません。人類が万物の頂点に立てたのは利己的な感情で長い歴史を勝ち抜き、最高級の遺伝子を勝ち取ってきたからです。とすると、僕の生物としての生きる目的は、利己的な感情にしたがい、だけども社会から反発されぬように自分の内性をひた隠ししながら、できるかぎり多くの遺伝子を残すことであるということになります。すなわち、それが「愛」という感情の正体であるとするなら、「愛」とは人間の複雑な感情などではなく、またプラトニックラブなどというのは幼稚な幻想で、実は遺伝子に刻み付けられた最も重要な命令で、最高機密であるがゆえに自分自身にもその目的は知らされていない、そして他の生物を見ればすべてが最大の命令として有していることが明らかなように、生命を与えられた瞬間からすでに存在していた、最も原始の、まさに神の第一の命令であったんだと思います。だから、いくら考えてもその感情の発露を見出すことができなかったし、その感情を制御することができなかった。しかし、制御できないほど強い感情を有しているということは、逆の見方をすれば、それだけ強い命令を与えられているということのようにも考えられます。

 なかなか難しい話の展開になってしまったので、続きは次回ということで....。

banner_03

|

« 人間の寿命について | トップページ | 人類の未来について1 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162477/8227935

この記事へのトラックバック一覧です: 愛について語る1:

« 人間の寿命について | トップページ | 人類の未来について1 »