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2006年4月24日 (月)

雪が解けるとゴミの山

Dscn2745  例年よりも2週間ほど遅れていますが、月形の雪もかなり少なくなりました。この頃になると、非常に悲しい光景が道路沿いに見られるようになります。我が家は国道275号線に面しているのですが、雪が無くなって地面が出てくると、道端は空き缶やら、コンビ二弁当の袋やら、アダルト系の週刊誌やら、そこらじゅうにゴミが捨てられています。冬の間、雪に隠れてしまうのをいいことに、ドライバーが窓から投げ捨ててゆくのです。それは決して冬だけのことではなく、たとえば普段私が車で道路を走っている時に、目の前の車が空き缶を投げ捨ててゆくのも珍しいことではありません。これが冬になると、雪に隠れてゴミがどんどん埋まってゆくために、春になるとゴミの山が現れてくるというわけです。本州でも窓からゴミを投げ捨てる人が全くいないというわけではないでしょうが、北海道だからなのか、田舎道だからなのか、日本人のモラルの低さには全く驚かされます。

 さらに近年、私の家の奥は全く人の住んでいない山なんですが、車の後ろに黒いゴミ袋を山のように積んだワゴン車が時折入ってゆくのです。そして還りは空っぽで帰ってきます。何をしに来ているかわかりますよね。家庭のゴミを、ごみが有料化になってお金を払いたくないからなのでしょうか、行楽に来た帰りにわざわざ山の奥に捨てにゆくのです。電化製品であったり、廃車にした車であったり、日本人って本当に情けない、私は日本人以外のことをそんなによく知っているわけではありませんが、全く日本人の常識はどうなってしまったのでしょうか?

 こういうことを論じること自体、全く情けないことなのですが、表面的な解決手段としては、ゴミ処理に関する費用を企業に負担させ、私たちはその費用を購入時に支払い(そうすることによって新製品の値段が高くなるので、節約を考えるようになるし)、廃棄する際には逆にお金が戻ってくるようにすれば、かなりの部分で解決するのでしょうが、それ以前の問題として、ゴミのこととか、地球環境とかに関する教育をきちんと学校で勉強してゆくことによって、自主的に地球環境を維持してゆくことの重要性を考えるようにならなければならないと思います。すなわち、リサイクル費用の負担がないから、お金が戻ってくるからゴミをきちんと処理しよう、ということではなくて、お金を払っても地球環境を大切にするために積極的に関わってゆこう、とならなければ本物ではないと思うし、そのように考えますと、やはりこれまで経済最優先、お金儲け最優先で来た日本の国のあり方、環境問題を全く無視してきた日本の国のあり方を根本から考え直し、学校教育および社会の姿勢から正してゆかなければ、環境問題の真の解決はないのではないかと思います。

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