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2006年5月25日 (木)

私事です

 今日、僕はすごく大切な発見があったので、お話します。個人的なことを正面から語るのは初めてかもしれません。

 僕は子供の頃からずっと父親を恨んでいました。父親は、一言で言うと遊び人で、それなりに仕事はしましたが、その安月給にもかかわらず、自分自身の遊行費に物凄くお金をかけていました。そのため、兄弟は僕を含めて3人だったのですが、家計は決して裕福ではなく、学校などでもいろいろなことでいつも悔しい思いをしていました。詳しいエピソードなどはここでは書きませんが、「父親のような人間にだけは絶対になりたくない」というのが僕の人生の最大の教訓でした。

 僕は20歳で家を出て、紆余曲折の人生を送りましたが、アルバイトの稼ぎで大学院に進学、その後大企業に就職しましたが、5年で退社して、その後北海道に移住して、現在の職業に就いています。その辺のエピソードは僕のホームページ「オーナーの独り言」のコーナー等をご覧下さい。

 北海道で花作りを始めて9年目に家を建て(父は遊びにお金を使い果たしたため、一生長屋住まいでした)、ようやく自分の理想の家庭生活が始められると思った矢先、父親が転がり込んできました。認知症老人としてです。

 父親が来て以来、夫婦関係もぎくしゃくするようになり、夢に描いていた居心地良い家庭も遠いものとなりました。当然僕の頭には、父親に対する恨みが沸々と湧き上がってきました。

 そんな中、元来プラス思考主義の僕ですから、このことも僕にとっては乗り越えなければならない壁なのだと考え、どのように気持ちを整えるべきか整理するために、いろいろな本なりブログなりを読んでいる中で、ジェームズアレンの本を読んで、すごく簡単なことがわかりました。

 すなわち、僕は確かに父親を恨んでいたが、だけど考えてみれば、決して今の父親を恨んでいるわけでなく、昔の様々な出来事に対して、昔の父親を恨んでいたにすぎないんだと。そして、今の自分自身を考えてみれば、理想の職業に就き、理想の生き方をし、家まで新築して、まさに幸せの絶頂にあり、結果としての自分自身が完璧な状態で現在を迎えているというのに、その原因である過去になぜ恨みを抱く必要があるだろうかと。逆に父親が反面教師になってくれたことで、自分自身が成長してこれたことを考えれば、父親に感謝すべきではないかということに気づいたのです。

そう、父親を恨む必要など全くなかったし、さらに、すべての物事をプラス思考に捉えることで、この世の中には悪いことなど何もなくなるんです。父親が来た理由がやっとわかりました。僕の心の一番深い部分の怨恨の種を、取り去ってくれたんです。そのことがわかった時、このことをみんなに伝えなければと思い、私事ながらブログに書こうと考えたのです。

あまりに省略しすぎていて分かりづらいかもしれませんが、冬になって時間に余裕が出来たら、もっとわかりやすく書き直したいと思います。以上です。

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2006年5月18日 (木)

地球環境-ここまでのまとめ

 私がこのブログを始めた最大の目的は、地球環境が危機的な状況に直面していることに気づき、これを何とかしなければ、子供たちに美しい地球を残すことができない、だけども、世界の情勢を見ると、さらに地球環境を破壊するベクトルを強め続けている、何とかしなければならない、何とかしようと頑張っている人はたくさんいる、自分なんて頑張っても大した力にはならない、だけど一人でも二人でも、地球環境のことを考えている人を増やせるならば、たとえ微力でも頑張ってみよう、と考えたからです。なぜそのような気持ちになったのかといえば、子供が出来たからです。子供が出来る以前にも、地球環境が危機に瀕していることなど、とうの昔に気づいていました。だけど、最初から諦めていたのです。それに、地球を危機に追いやっている張本人が人類なんですから、人類なんて滅びた方がよほど地球のためになると考えていたのです。今もそのように考えている部分もあります。人類が滅びたからって、すべての生物が滅びるわけではない。ならば、人類が滅びることで、また新しい生命の歴史が始まる方が地球にとっては幸せなのではないかと思うのです。

 私の住む北海道の小さな町「月形」では、つい先週まではまだ残雪があったのですが、今週になった途端、毎日25℃にも達するほどの気温の高い日が続いています。四季のある素晴らしい季節感こそが日本の最も素晴らしい点であったと思うのですが、いよいよ春と秋が無くなってきました。このことも地球温暖化のもたらす異常気象の一つの特徴として考えられています。年平均気温が高くなるとともに、気温の変動幅も大きくなるのです。冬はますます寒く、夏はますます暑く、穏やかな気候(春と秋)というものが無くなり、台風はますます大型化、集中豪雨は頻繁に起こり、豪雪地域はますます豪雪に、真夏日や熱帯夜は毎日のように続き、太陽からは有害な紫外線がますます強まり、外出も出来なくなります。

 最後なんか結論書いて終わろうとすると、いつも同じ結論になってしまうので、今日はただぼおっと終わります。とりあえず、頑張ってネタ集めます。また読んでね!!

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2006年5月14日 (日)

ウルトラセブン

 私は、特別何かのマニアというわけではなく、いろんな分野をちょっとずつかじっているような中途半端な人間です。というわけで、今日はウルトラセブンについて。

 ウルトラセブンの最終回は、私が生まれて初めて「正義」に感動し、涙した作品でした。こちらも、私のウンチクよりも実際に作品をごらんになられることをお勧めします。私という人間は、子供の頃は友人が少ない、寂しい奴だったので、はっきり言って「テレビっ子」でした。人並みに「そろばん塾」にも通っていましたが、ウルトラマンシリーズのテレビ放送と時間が重なったので、親に勝手に辞めました。その頃は「テレビっ子」である自分自身が実は悲しかったのですが、そのようには思われたくないので、さらに自主的に「テレビっ子」を強めてゆきました。だけどその結果、ウルトラマンシリーズや数々のヒーローアニメを通して、私の中の正義感が強化されてゆきました。今では「テレビっ子」だったことは私の誇りです。

 最終回、セブンはボロボロに傷ついた体で、死を覚悟して最後の戦いを挑みます。勝利しても、敗北しても、二度とモロボシダンには戻れないことを彼は知っています。だから、最愛のアンヌ隊員に自分がウルトラセブンであることを告白し、「東の空に.......」の名文句を残して旅立ちます。バックで流れるシューマン。これほど美しく、かっこよく、そして正義に溢れた男の生き様を私は今まで見たことがなかった。私もこんな生き方をしたい、と心から思いました。その頃はもちろんビデオなんてありませんでしたから、何度も何度も再放送を見続けました。小学校の友達はみんな大人びてゆき、「太陽にほえろ!!」のジーパンの殉職の話題で盛り上がっていても、僕の心の中にはいつもウルトラセブン、それから次回以降の話題にする予定ですが、「キャシャーン」や「ミラーマン」など、ただひたむきに「正義」のためだけに生きたスーパーヒーロー達が生きつづけていました、もちろん今でもです。

 最近のテレビアニメを見ていると、すべてそうだと決め付けるわけではありませんが、「正義」と「悪」が曖昧になっているように思えます。それは細かい情感を描こうとしていたり、現実には何が正義で何が悪かはっきりしないということはわかりますが、それは大人としては正常な感覚なのでしょうが、幼い子供の立場に立って考えてみれば、そういうアニメの描き方が正しいことであるとは私は思えません。実際、私自身が上記のように正義のヒーロー達を見て育ち、明確な正義感というものを植えつけられたわけですから。

 それでは、「正義感」というものは人間に初めから備わっているのか、人生の経験の中で養われていくのか? 上の展開からゆくと、私の正義感はヒーローアニメによって形成されたということになります。しかし、次のようにも考えられます。すなわち、ウルトラセブンの最終回に感動し涙した、ということは、その正義を貫く姿に共感できる感情をその頃すでに心の中に持っていたと。で、私なりの結論ですが、子供の心の中には、いろいろな感情の元になる「種」のようなものがあるのではないでしょうか? 「正義」も「愛」も「悪」も「憎しみ」も、どのようにも成長できる感情の「種」。その種には、「正義」のエネルギーを与えれば「正義」の心が育ち、「悪」のエネルギーを与えれば「悪」の心が育つ。

 自殺の増加や引きこもりなど、今の日本社会がこんなに悲しい状態になってしまっているのは、今の子供たちに原因があるのではありません。子供たちに感情の元になるエネルギーを与えてきたのは大人です。そしてその大人たちも、子供の頃にさらに上の大人たちからエネルギーを与えられてきた。

 「正義」や「愛」、「優しさ」、「思いやり」など、心の教育を長年にわたって曖昧にし、学問や経済、金儲けの教育ばかりにエネルギーを注いできた結果が今の日本社会だと思います。もっともっと、社会全体で子供たちの教育を考え直し、すべての大人が子供の心の教育に参加しなければならないと思います。もちろん、自分たちの再教育も含めてです。また書きすぎてしまいました。すいませんでした。

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2006年5月13日 (土)

素晴らしき哉 人生

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 「素晴らしき哉!人生」って映画、見たことありますか? って最近、 難しい話題考える余裕ないんで、映画の話題ですいません。たまたま友達に、一番好きな映画聞かれて、やっぱりこれだと思いました。この映画に関する話題は、いろんなブログで語られてるし、最近DVDも出てるようですから、私があれこれストーリーを語るより、ぜひ一度ごらんになってください。以下は、私の感想です。

 私が感動したのは、主人公の心の素晴らしさです。自分の夢を捨てて、困っている家族や友人、町の人々のために尽くしました。もっと善人を気取る人々から見れば、「そんなの当たり前じゃん?」なんて言った人もいましたが、適度に善と悪の心が共存している私にしてみれば、夢をあきらめて他人のために生き、でありながらも他人のために生きる人生の中にもさらに自分の生きがいを見出してゆく、それが主人公の心の素晴らしさだと思います。

 主人公は町の悪徳金融業者の悪意ある行為によって罪に問われ、精神的に追い詰められて自殺を図りますが、とあるエピソードによって思いとどまり、自宅に戻ります。自宅に戻って待っていたのは、町中の人の善意に溢れた歓迎でした。僕はこのラストシーンを何度見ても涙が止まらないのです。僕の感想はちょっと変わっているかもしれません。僕はこう思います。主人公の常日頃の愛に溢れた言動が町中の人々の心に深く愛を浸透させた、彼こそがまさに愛の中心だったと。すなわち、「神はどこにいるのか?」と聞かれた時に「心の中に」と答えたようなやり取りが聖書に書いてあったと記憶していますが、まさにこのことだと思うんです。たとえ世の中がどんなに悪意に溢れていようとも、たった一人でも「思いやり」と「優しさ」と「愛」を見失わずに生きていれば、その人の周りに必ず愛は広がってゆき、世の中は愛に満たされてゆく、僕もこの主人公のような存在になりたいと、この映画を見た時から考えるようになりました。この映画は、僕にとっては、人生の答えを与えてくれた映画でした。

 騙されたと思って、ぜひご覧下さい!!

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2006年5月 2日 (火)

高木善之さんの講演会2

高木善之さんの講演会1 の続きを書いてみます。高木さんは、医者から手術しなければ命にかかわるとまで言われた大病を、自身の力で治してしまったことを講演会でお話されました。そのことについて、高木さんご本人は、「病気なんて自己暗示に過ぎない」「DNAの力を呼び覚ませ」というニュアンスで説明されていました。表現はちょっと異なっているかもしれません。これに関しては、私も全く同感で、人間の遺伝子には眠ってしまっている能力がいっぱいあると思います。免疫力や自然治癒力というものもその一部だと思います。私たちは、医学を発達させて様々な医薬品を発明した結果、これまで治療不可能といわれてきた病気も治せるようになりました。しかし、ちょっとした風邪やほんの小さな怪我などでも医薬品を多用した結果、遺伝子の元々持っていた自然治癒力を眠らせてしまったのではないでしょうか? 

 また、食事は一日一食だけで1000calだけだそうです。食事を一日三回必要と感じるのも、食事を抜くと腹が減るのも自己暗示とのことでした。これについてはそんなに容易に克服できる暗示ではないですね。何十年間も食事は三回必要だと体に頭に叩き込んできて、内臓のカロリーの利用能力は相当に悪くなっているでしょうからね。しかし、近い将来の世界的な食糧危機に備えて、内臓の機能を高めておく必要があると感じました。

 また、私たちは、物質的な物ばかりをすべてだと考え、直感的な力は衰えてしまったのではないでしょうか? このことについては、私の場合、都会を離れて田舎に移り住んでから、特に強く感じるようになりました。農業を生業にしていますと、風を感じたり、植物と話をしたり、少しですが自然と対話できるようになりました。私は以前にこのブログの中で、人間は科学を発達させて便利な社会を作った代償として、元々持っていた優れた能力を失い、生命体としては弱くなってしまった、というようなことを書きましたが、今回の高木さんの話を聞いて改めて感じたことは、元々持っていた優れた能力は無くしてしまったのではなく、眠らされているだけなのではないか、田舎に移り住んだことでその能力を高めている自分自身がまさに良い証拠ではないかと思いました。

 すなわち、遺伝子は決して衰えてはおらず、現在の生活の中でも、便利な物にばかり頼らず、また五感に感じる物ばかりに捉われず、精神力や身体能力、また脳の力を高める生活をしていれば、隠されたDNAの力を呼び覚ますことができるのではないかと思います。

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