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2006年5月14日 (日)

ウルトラセブン

 私は、特別何かのマニアというわけではなく、いろんな分野をちょっとずつかじっているような中途半端な人間です。というわけで、今日はウルトラセブンについて。

 ウルトラセブンの最終回は、私が生まれて初めて「正義」に感動し、涙した作品でした。こちらも、私のウンチクよりも実際に作品をごらんになられることをお勧めします。私という人間は、子供の頃は友人が少ない、寂しい奴だったので、はっきり言って「テレビっ子」でした。人並みに「そろばん塾」にも通っていましたが、ウルトラマンシリーズのテレビ放送と時間が重なったので、親に勝手に辞めました。その頃は「テレビっ子」である自分自身が実は悲しかったのですが、そのようには思われたくないので、さらに自主的に「テレビっ子」を強めてゆきました。だけどその結果、ウルトラマンシリーズや数々のヒーローアニメを通して、私の中の正義感が強化されてゆきました。今では「テレビっ子」だったことは私の誇りです。

 最終回、セブンはボロボロに傷ついた体で、死を覚悟して最後の戦いを挑みます。勝利しても、敗北しても、二度とモロボシダンには戻れないことを彼は知っています。だから、最愛のアンヌ隊員に自分がウルトラセブンであることを告白し、「東の空に.......」の名文句を残して旅立ちます。バックで流れるシューマン。これほど美しく、かっこよく、そして正義に溢れた男の生き様を私は今まで見たことがなかった。私もこんな生き方をしたい、と心から思いました。その頃はもちろんビデオなんてありませんでしたから、何度も何度も再放送を見続けました。小学校の友達はみんな大人びてゆき、「太陽にほえろ!!」のジーパンの殉職の話題で盛り上がっていても、僕の心の中にはいつもウルトラセブン、それから次回以降の話題にする予定ですが、「キャシャーン」や「ミラーマン」など、ただひたむきに「正義」のためだけに生きたスーパーヒーロー達が生きつづけていました、もちろん今でもです。

 最近のテレビアニメを見ていると、すべてそうだと決め付けるわけではありませんが、「正義」と「悪」が曖昧になっているように思えます。それは細かい情感を描こうとしていたり、現実には何が正義で何が悪かはっきりしないということはわかりますが、それは大人としては正常な感覚なのでしょうが、幼い子供の立場に立って考えてみれば、そういうアニメの描き方が正しいことであるとは私は思えません。実際、私自身が上記のように正義のヒーロー達を見て育ち、明確な正義感というものを植えつけられたわけですから。

 それでは、「正義感」というものは人間に初めから備わっているのか、人生の経験の中で養われていくのか? 上の展開からゆくと、私の正義感はヒーローアニメによって形成されたということになります。しかし、次のようにも考えられます。すなわち、ウルトラセブンの最終回に感動し涙した、ということは、その正義を貫く姿に共感できる感情をその頃すでに心の中に持っていたと。で、私なりの結論ですが、子供の心の中には、いろいろな感情の元になる「種」のようなものがあるのではないでしょうか? 「正義」も「愛」も「悪」も「憎しみ」も、どのようにも成長できる感情の「種」。その種には、「正義」のエネルギーを与えれば「正義」の心が育ち、「悪」のエネルギーを与えれば「悪」の心が育つ。

 自殺の増加や引きこもりなど、今の日本社会がこんなに悲しい状態になってしまっているのは、今の子供たちに原因があるのではありません。子供たちに感情の元になるエネルギーを与えてきたのは大人です。そしてその大人たちも、子供の頃にさらに上の大人たちからエネルギーを与えられてきた。

 「正義」や「愛」、「優しさ」、「思いやり」など、心の教育を長年にわたって曖昧にし、学問や経済、金儲けの教育ばかりにエネルギーを注いできた結果が今の日本社会だと思います。もっともっと、社会全体で子供たちの教育を考え直し、すべての大人が子供の心の教育に参加しなければならないと思います。もちろん、自分たちの再教育も含めてです。また書きすぎてしまいました。すいませんでした。

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