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2006年7月 3日 (月)

夜盗虫(ヨトウムシ)との戦い

Dscn2996  花が遅れていることもあって、毎朝ゆっくりと農場の見回りをする余裕がある。朝の見回りで調べることは、第一に土の乾き具合、その日の天気予報と実際の天候、それに肌で感じる湿度や風、空模様なども照らし合わせて、水を与えるかどうか決める。そして次に、作物の生育状況と病害虫の被害などを調べる。

 で、写真の気持ち悪い虫の話題だが、夜盗虫(ヨトウムシ)という。なぜヨトウムシという名前かというと、日中は土の中に潜ってじっとしているが、夜になると這い出てきて、作物を食害するから。ただ葉っぱを食べるだけならいいのだが、ヨトウムシが恐ろしいのは、小さな苗ばかりを狙って(小さな苗は柔らかくておいしいからだろう)、地際の生え際を切断し、上部の葉っぱを土中に引き込んで、すべて食い尽くしてしまうのだ。そして、株から株へ次々と食べ続けるので、放っておくと畑が丸裸にされてしまうのだ。

 余裕があることもあって、じっくりと見て回っていると、今年は特に被害が多く、毎朝5~6匹のヨトウムシを退治している。退治方法は、食害されている株を見つけると、その株を掘り出して、株の周りを掘ってヨトウムシがいないか捜すのだ。この作業に毎朝30分は費やしている。

 と憎たらしいヨトウムシの話だが、こんなヨトウムシでも、退治する時には少々心は痛むものだ。なんのために虫を殺すのか? 花を作るため。では何のために花を作るのか? 僕と僕の家族が生きるため。そう、ビニールハウスは僕と僕の家族が生きるために作り出した、花だけを生かすための人工の生態系なのだ。この生態系の中でより品質の良い花を作るために、何十、何百、何千の虫を殺し、何万、何十万の微生物を殺し、何百万、何千万の細菌を殺している。

 僕はこの生態系に直面して生きているから、このように実感する機会があるが、僕のように農業を営んでいない人間であっても、一人の人間が生きるためには、物凄い数の他の生物を犠牲にして命を保ち続けているのだ。

 だけど、犠牲になって死んでいく虫や微生物に、天寿を全うするだとか、「まだお若いのに....」だとか、感情があるわけではない。彼らは自分が死ぬということすらわかっていないかもしれない。だけどそこに、悲しみがあるわけでもないだろう。そこにあるのは、ただ生まれて、そしてただ死んでいく。個体としての死はそんなに重要ではないのかもしれない。大切なのは、命が受け継がれていくこと。

 最も尊いことは「命が受け継がれていくこと」だと思う。そして、自身の命はただ生まれ、そしてただ死んでゆく、そんな儚い生命だからこそ、精一杯生きようと思う。儚い生命だからこそ、美しく、そして尊く生きたいと思う。彼らの生涯はとても短いが、決して手を抜くことなく、精一杯全力を尽くして生きている。常に死と直面して、命をかけて生きている。

 生涯が長いからといって、手を抜いて生きていてはいけないと思う。そんなことでは、僕の犠牲になって死んでゆく生物たちに申し訳が立たない。たとえば、最近は健康ブームみたいになっているが、健康に気遣うこと自体は悪いことではないが、だけどこの体はいったい何のためにあるのか?、と僕は思う。ライオンは狩りをしなければ生きていけない。獲物を追いかける足を失ったライオンは死ぬしかない。蚊は、人間に叩き殺される確率の方がはるかに大きいことがわかっていながら、それでも果敢に血を求めてやってくる。ただ子孫を残すためだけに。

 農業をしていると、時には無理をして、体を痛めることもある。だけど、それが当たり前のこと。この体は食べ物を得るためにあるのだから。僕の子孫を養うために、僕の体はあるのだから。自分の生命を長引かせることが、僕の生きる目的ではない。「天寿を全うする」とか「老後の楽しみに」とか、なんか今の世の中はおかしいと思う。

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コメント

おっしゃるとおりですね。
あそこの店はうまいとか・・
本来命をつなぐために他の命をいただいていることを
つい忘れそうになりますよね。
いろんな生き物たちに感謝したいです。

投稿: 福ももこ | 2006年7月 4日 (火) 02時22分

 こんにちは、福ももこさん、コメントありがとう!

 僕の分かりづらい急展開のネタにご賛同いただき、本当にうれしいです。人間って、先進国とか呼ばれて、知恵をつければつけるほど、心は傲慢になっていくんじゃないかと思います。
 今こそ原点に還って(僕の考える原点はお釈迦様の考え方ですが)、日々の命の営みに感謝して生きたいですね。

投稿: 青い芥子 | 2006年7月 4日 (火) 20時21分

何かの縁でここにたどりつきました。遠い昔、高校のころになりますが田舎で夜空を観察していて、自分自身の存在の頼りなさを実感したことがあります。また今48歳になり貸し農園を借りて野菜作りをはじめましたが、同じような感覚を覚えることがあります。私自信は私だけが所有する一つの個体と感じる普通の感覚と別に・・・説明が難しいのですが・・・よくよく考えてみると私を構成しているのは、実は海の魚であったり、畑の野菜であったり、牛であったり、それこそ星の数ほど多くの命の結合体であるわけで・・・また私自信も死後、土になり灰になり空気になり、形を変えまた何かを構成する一部となる。私の子供たち、そのまた子供たちも・・・ずーっと、果てしなく・・・。一体私とは何者なのか?一体あなたは何者なのか?本当のことはきっと誰にも分からない。

投稿: hajimeno_hatake | 2011年11月27日 (日) 23時02分

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