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2006年11月 9日 (木)

いじめ自殺について-2

 生まれつきの善人なんて、いるわけない。人はみな、生まれた時は本能のままに、自分を生かすことで精一杯。自分のことだけを考えて生きているものだ。それが、大人になっていくにしたがって、周りの人間たちや社会の影響を受け、善人になるか、悪人になるか、またはその中間の適当な居心地のいいポジションで落ち着いてゆく。

 自分のことだけを考えて生きてきた子供に、大人は善人になることを要求する。その要求は決して間違ったものではない。生まれつきの善人なんて、いるわけない。最初は見え透いた偽善行為でも、その偽善行為を重ねていくうちに、それが子供自身にとって当たり前の行為になり、そして偽善者から善人に成長してゆくのだと思う。子供に限らず、大人でもそうだ。偽善者は決して悪いことではない。善人になろうと努力している素晴らしい行為だと思う。

 ちょっと前のいじめ自殺の時に、担任の教師が子供に「偽善者」とニックネームをつけた、という話があった。僕は、教師がいじめに加わっていたことも大きな問題であると思うが、それよりも、この教師の人間としてのレベルの低さに愕然とした。そして同時に、社会全体の道徳観、善悪の感覚の欠如ではないかと感じた。

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投稿: Eagles | 2007年9月21日 (金) 13時45分

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