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2007年2月25日 (日)

人間は地球にとっての何であるか?

 今日はすごいタイトルですが、内容はきっと難解です。でも、なんとか最後まで読んでくださいね!! 

 僕も以前はいろいろと考えました。そして、今は一定の結論に達しています。その変遷も書かせていただきます。

 まず、「人間は地球のガン細胞である」という意見に支配されていたこともありました。見事に調和している生態系の中で、人間だけが生態系を破壊している、地球にとって人間は必要ない存在だと。だから、地球は高熱を発して、人間というガン細胞を滅ぼそうとしている、と。今の世界の現状を見れば、そう考えてしまうのもわからないわけではありません。だけど、そんな人間を生み出したのも、やはり地球という生態系だったはず。人間が現状では特別な存在であるにせよ、その人間もこの生態系から作り出されたにすぎないと考えています。

 次に、ドーキンスの「利己的な遺伝子」が真実かと思いました。遺伝子はどこまでいっても、利己的な存在である。そして人間は、自らの複製を残すことのみを目的とする遺伝子の乗り物にすぎない。これが正しいとすると、膨大な数に膨れ上がった人間は、いくらきれいごとを言ったところで、弱肉強食と自然淘汰の法則に乗っ取って、より社会的生存能力に長けた人間集団が利己的な判断で、生存競争を勝ち抜くのではないかと思いました。「宗教は民衆を支配するために支配者が創った」と言った人もいましたが、「愛」とか「慈悲」とかも、しょせんは支配者が民衆を支配するために利用しているにすぎない。今後も欲望が世界を支配する、ということになってしまいます。
 ただ一点、「ミーム(情報遺伝子)」という新しい概念を提示していました。ただこれは、人間が社会として存続するためには、個々の利益追求だけでは立ち行かなくなるために、相互に譲り合い、認め合うような、一見遺伝子の命令とは反するような考え方に支配されるようになる。「愛」や「慈悲」という考え方はそこから生まれる、というような概念だったと思いますが、だとしても、やはり「利己的な遺伝子」の支配からは決して逃れられない、ということでした。

 また、極端な環境保護団体などは、「文明を捨て、原始生活に戻ろう」と言っている団体もあります。「文明の中で私たちが得た情報は、すべて間違いである。私たちは、生存するために必要な情報は、すべて遺伝子に書き込まれている。遺伝子に書かれている情報と合致しないような社会で生きているから、私たちはストレスを感じ、苦しみながら生きることを強いられている。だから、文明を捨て、原始生活に戻ろう。」って感じです。
 だけど僕は、次のように考えます。人間が社会を築かなければならなくなったのは、人口が増えたことで、お互いに助け合っていかなければならなくなった、だから、ルールが必要となり、社会が形成された。だから、社会を否定することは根本的に間違っている。個体数が増えれば、社会が必要になるのは人間に限ったことではない。社会そのものを否定するのではなく、社会が個人主義(経済主義)に突き進んでいることが問題だと考えています。

 そんないろいろな疑問に突き当たっている時にめぐり合ったのが、アーヴィンラズロです。宗教ではありませんから、ご安心ください。現状では、この理論が最も素晴らしく、この理論であれば地球の危機を救えるのではないかと思いました。

 概略しますと、進化は3段階で進んでいる。第1段階は、生命体が誕生するまでの、宇宙誕生から地球誕生までの無機的な進化。生命のない段階までも進化と呼んでいる理由は、量子レベルでは、生命体であろうとなかろうとすべて同じで、情報を交換し、共鳴しあっているから、遺伝子の誕生前でも、非常に原始的なレベルではあるが、何らかの意思があって、進化の方向性を決めてきた、といえます。「自ら方向性を決めた」という意味で、進化と呼んでいるのだと思います。
 第2段階は、生命体としての(遺伝子としての)進化。この段階では、利己的な遺伝子の支配下で、生命体という物質を創り上げてきました。ドーキンスの言う通りです。
 そして、第3段階が「精神の進化」と位置付けています。この進化は、人間が誕生して以来、遺伝子の目的には全く支配されず、進化を続けています。だけど、精神の進化が十分に進んでいないことで、世界に様々な問題が生じているといいます。

 そう、人間はガン細胞などではなく、未だ進化の途上であり、人間という生命体が地球に満ち溢れるようになった今、
精神の進化を遂げてこそ、地球上のあらゆる問題を解決できるのだと思います。

 先に、「宗教は民衆を支配するために支配者が創った」という環境活動家の意見を批判しました。後にそのように利用されてしまったかもしれないけど、たとえば釈迦やキリストなどは、生存中はそんな考えではなかったと思います。言ってみれば、彼らは普通の人よりは精神的に高いレベルに到達し、彼らの功績によって、人間の精神レベルは格段に向上することができました。しかし現代社会では、既存の宗教は意味を失い、経済(金)が世界の中心のようになってしまい、人間の精神レベルは非常に混沌としていると思います。

 それには、神や仏という概念が、近代科学の事実とあまりにもかけ離れていることもあって、宗教などはしょせん心の世界のことで、現実の世界では厳しい生存競争を生き抜かなければならなくなっている、と考えてしまいます。

 しかしそうではなく、「利己的な遺伝子」の支配を断ち切るために、非常に高いハードルを乗り越えなければならないと考えればどうでしょうか? 「地球温暖化」という危機は、生命体のあらゆる問題を乗り越えるためのチャンスだと思います。「地球温暖化」など無くても、世界は人口が爆発し、水や食糧は枯渇し、日本では社会が崩壊し、年に3万人も自殺、精神障害者の数は膨大です。世界的に経済格差は拡大する一方で、十分にお金を持っていても、貧しい人を思いやることもできない社会になってしまっています。このような社会問題も、結局は個人主義、経済主義、お金主義からきていると思います。

 だから、「地球温暖化」というチャンスを与えられたことで、全人類がいかなる選択をして永続可能な社会を実現できるか、試されていると思うし、この危機を乗り越えることで、人類は何度も機会を失って為しえなかった「精神の進化」を成し遂げることができるのではないかと考えます。

 私の表現ではきっと難解かと思います。もし興味が湧いた人がおられましたら、アーヴィン・ラズロの「叡智の海・宇宙」という本をお読みください。

 で、表題の「人間は地球にとっての何であるか。」ですが、何でしょうね? それはわかりませんが、ガン細胞ってことはないと考えています。「利己的な遺伝子」に打ち勝つということは、もしかしたら、全宇宙のあらゆる生命体が乗り越えられなかった最大の難関かもしれません。そんな最高の瞬間に立会い、その壮大なドラマに関わっているとしたら、これほど幸福なことはないと思います。

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2007年2月24日 (土)

月形小学校での授業

Dscn3451  2月21日の水曜日、私の住む北海道の月形町にある、月形小学校の4年生の総合学習の時間に、「地球温暖化」の授業をさせていただきました。

 1月に「地球を愛する会@月形」が発足して、わずか1月半しか経ってないっていうのに、よくもまあ小学校で授業なんてやれたものです。セッティングしていただいたみなさんには、本当に感謝しております。

 私としては、今月の9日に、一般の方を対象とした初めての講演会なんてものをやらせていただき、今回は2度目なわけです。人前で話しするのが苦手な私が、このように自ら進んで講演会なんてことをやっちゃってる。自分自身が一番不思議で仕方ありません。

 だけど、周りがどのように思っているかはわかりませんが、自分としては、前回も、今回の小学校での授業も、大満足でした。言葉は自然とどこかから湧いてきます。不思議なもんです。「地球温暖化」の活動を始めてから、頭の回転や記憶力も上がってきているようで、活性化されているのが自分でもわかります。それはさておき、肝心の授業の方ですが、

 子供たちは真剣に聞いてくれました。また、僕の質問に対しても、一生懸命に手を挙げて、答えてくれました。僕の子供時代はこんなじゃなかった。授業で手を挙げたことなんて一度もなく、いつも教室を走り回っていました。どれほど先生方に辛い思いをさせていたか、今になってはじめて知りました。

 さて、子供たちが熱心に聴いてくれたおかげで、伝えたいことは全部伝えることができました。授業時間は、本当は3時間目の1時限内に済ます予定で、もし長引いたら4時間目にも食い込んでもいいと言っていただいていたんですが、気がついたら、もう4時間目も終わるような時間。2時間たっぷり使わせていただきました! 担任の先生、ごめんなさい!!

 子供たちには、「自分が出来ると思うこと」と「授業の感想」を書いてもらい、それらを先ほど読み終わりました! みんな素晴らしいです! この子供たちならやれる、と確信できます。「地球温暖化なんて、何をやっても無駄」とか「無駄なんだから、好き勝手に消費しよう」とか、悲観的に、自暴自棄になっているのは大人だけです。子供たちは、無限の可能性を持っています。そんな子供たちのためにも、僕ら大人がもっともっと頑張らなければならないと再認識させていただきました。

 子供たちに、心から感謝です!!

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2007年2月23日 (金)

システム思考について

 前々回のブログで、枝廣淳子さんの講演会のことを書きました。自分の中で整理のつかない部分も多かったのですが、4日たってようやく理解できてきた気がしています。今日は、僕なりのシステム思考について書いてみます。

 システム思考とは、物凄く簡単に言ってしまうと、「木を見て森を見ず」ってことです。

 何か問題が生じた時に、その問題が起こった原因として、ついつい目先のことばかりに集中してしまいます。たとえば、空き巣が入って、テーブルの上に置いてあった財布を盗まれた。そしたら、まずは「犯人は誰だ!」ってことになります。第一の原因は「悪い人間がいる。そいつを捕まえろ。」と考えてしまいます。次に、少し視野を広げたとして、「盗みをしても、すぐに釈放されてしまう。刑が軽すぎるのが問題だ。刑を重くしろ。」とか、「そもそもテーブルの上に財布を置きっぱなしにするなんてどうかしている。」とか、「家に鍵はかかっていたのか?」とか、「鍵を丈夫な物に換えなければならない」とか、「警備会社に頼んだらどうか」とか、「町で自警団を組織しよう。」とか、それぞれそれなりの効果はあるのでしょうが、根本的な解決にはなりません。

 システム思考とは、それらすべての全体像を大局的に捉えて、根本原因を考え、解決しようということです。

 「地球温暖化」問題でも、上記と同じようなことが言えます。「気候変化が人為的温室効果ガス排出によるものであることは、科学的に疑う余地がない」との結論が出され、世間ではブームのようになっています。私もその一人なのかもしれません。

 「地球温暖化」を阻止するために、個々の方法論が論じられ、それらは決して間違っているわけではありません。特に、市民レベルでの節約志向は、最も本質に近いものだと思います。

 その一方で、経済利益を優先した、誤った対策も見受けられます。たとえば、バイオ燃料。ブラジルでは、バイオ燃料の原料となる農作物を生産するために、大規模な農地開発が行われていると聞いています。

 また、日本政府は、京都議定書の削減目標を達成するために(マイナス6%の目標にもかかわらず、現状では8%のプラスとなっており、達成のためには14%も削減しなければならない。そのうちの8%分は国内の努力で削減する予定)、排出権取引で6%分を補おうとしています。

 どうしてこんなことになってしまうのか? CO2を何のために削減するのか? 元々、CO2増加の原因は何なのか? 経済優先の発想を変えない限り、問題の本質、問題の全体像は見えてきません。つい最近、中国のある場所で、緑化と称して、禿山にペンキを塗った、というニュースがありましたが、物事の本質を見失っているという点では、この3つの例は大して変わらないのではないでしょうか?

 話を元に戻して、「地球温暖化」に限定して解決策を考えると、解決策はもう十分に揃っています。たとえば、パカラ・ソコローの「安定化のための7つのくさび」という、枝廣淳子さんの記事があります。「パカラ・ソコロー」で検索してみてください。

 個人レベルでは、「お金で幸せは買えない」ということを本当に理解すれば、すべては解決できるはずです。これについては、GPI(Genuine Progress Indicator=真の進歩指数)とか、ブータン政府が提唱している、GNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)などを調べてみてください。

 以上のように考えると、「地球温暖化」問題の本質は、経済最優先社会の歪みが、地球全体に悪影響を及ぼし始めている、と考えることができます。そして、たとえば上記の「国民総幸福」という考え方に転換することができれば、「地球温暖化」以外の大きな社会問題、たとえば、「人口爆発」「経済格差」「民族紛争」「テロ」、国内に目を向ければ、「自殺」「いじめ」「ストレス」など、すべての問題に解決の道が見つかるのではないでしょうか?

 システム思考は、もう一つ重要なポイントを挙げています。「理想とする将来のビジョンを思い描く」ことです。自分がどのようになりたいか、どんな世界になることを望むのか? その夢や希望を描けなければ、当然それらを実現することはできません。

 僕は、そのような将来の理想の世界を実現するための方法として、ミクシィの中に、地球を愛する会@mixiというコミュニティを作ってみました。ミクシィをやっておられる方しか入ることはできません。もし、興味を持たれた方がおられましたら、気軽にメールください。紹介させていただきます。

 僕といっしょに、理想の未来像を創っていきませんか?

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2007年2月21日 (水)

「地球を愛する会@月形」のブログを始めました

 こんにちは!! 「地球を愛する会@月形」のブログを始めました!!

http://moonflorist.seesaa.net/

 それと、「地球を愛する会@月形」の広報誌第2号もアップいたします! よろしくお願いします!!

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2007年2月20日 (火)

枝廣淳子さんの講演会

 今日、札幌で、枝廣淳子さんの講演会がありました。「地球を愛する会@月形」のメンバー8名、「地球を愛する会@新十津川」の方1名で聞いてまいりました。枝廣淳子さんは、ゴア前副大統領の書籍「不都合な真実」を翻訳されている方で、ご本人も地球環境のための活動をされています。

 すごく感動しました!! 家に帰ったら、すぐにこのことをブログに書こうを考えていたのですが、いざパソコンの前に座ってみると、なかなか書けないもんです。書けない理由はいくつかあります。内容が非常に本質的で、しかも多方面にわたり、その数多くの観点から考えて、「地球温暖化」問題の解決は決して難しいことではない、というような内容だったのですが、そのそれぞれの事象がさらっと説明できるような内容ではなかったので、簡単には書けないことだと悟ったのです。

 というわけで、会場の感動を伝えるのは難しそうですが、講演の要点だけお伝えします。

 講演のタイトルは「地球温暖化について-システム思考から考える」。システム思考というのは、ある事柄を考える時に、目先のことだけ(思い込み)に囚われず、視野を広げ、全体像を把握し、理想の結末を思い描き、その理想の実現に向けての問題解決のための最善の方法を探る、というような感じでしょうか?

 温暖化問題の原因はわかっていて、解決策もわかっていて、そのための技術もすべて揃っていて、それらを実行すれば、問題解決は容易である。でも、それらを実行できない理由は何か? いくつか挙げられていたかもしれませんが、その中で、環境と経済の両立はできないと思い込んでいる、この思い込みから解放してやること。すなわち、環境負荷を低減することこそが、逆にコスト削減に繋がることを理解させること。

 本当に必要なものは何か? お金か? モノか? そのどちらでもなく、それらを通して、満足感を得る、すなわち幸福を得ることが目的だったはず。「経済が成長すれば、幸せになれる」という思い込みから解放してやること。

 そこで、新しい指標としての、GPI(真の進歩指数(Genuine Progress Indicator))。GDPが「GDP=個人消費+民間投資+政府の支出-輸出」なのに対して、GPIは、GDP+(家庭やボランティアの経済的貢献)-(犯罪、公害等の社会的マイナス)。GPIを計算してみると、先進国は、1970年から1980年頃をピークに低下、もしくは横ばいとなっている。

 それでは、活動家はどうすればよいのか? 「ビジョンを描き」「ネットワークを広げ」「真実を語り」「学び、慈しみ」「繰り返し伝える」。

 そして、僕が最も共感したのは、次の言葉。

「温暖化は、人類の進化の過程である。」

 この言葉だけを捉えると、どこかの哲学者みたいですが、枝廣淳子さんのような方の口から出てきたのには、かなり感銘を受けました。僕は、まさにそのように感じています。温暖化だけに限らず、自殺の問題、犯罪の問題、戦争の問題、宗教の崩壊、経済および金の問題。これらすべては、連動して起こっているように感じています。温暖化だけを上手に解決できるなんてありえないと思っています。すべては人間の心の問題。自分のこと、自分のごくわずかの身の回りのことしか考えられない今の人間から、はるか未来のこと、地球の裏側のこと、すべての生命の幸福のことを考える人間への進化を果たすための、全人類的課題の象徴のように「地球温暖化」問題があるのだと思っています。

 そして、そのような精神の進化を遂げた時、人間は新しい未来を築くことができるのだと思います。

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2007年2月18日 (日)

年寄りは若者のために...

 身近に住む友人の言った一言です。彼は、飲み会の席で酔っ払いながら言ったのですが、私の胸には鋭く突き刺さりました。

 半年ほど前のことです。若手農業者数名と関係団体の部長のおじさんで飲んでました。僕は酒が弱いのでほろ酔い程度だったのですが、私以外の方はかなり酔っ払っていたようです。若手農業者といっても、30代後半から40代前半程度、その年代を若手と呼ばなければならないのが、農村のつらい事情です。部長のおじさんは定年間近といったお年頃だったように思います。おじさんは、酔っ払ったら、とにかく絡み、特に年下連中に説教するのが常だったようです。その日も、我々相手に説教しまくってました。私としては、酒の席で説教されるのが大嫌いなのですが、だからといって、楽しい宴席を気まずくしてしまうのも本意ではなく、適当に相槌を打って聞き流していました。私は、基本的に酔っ払いは適当にあしらうタイプです。

 その日も、いつものお得意の説教を始めたようです。

部長「最近の若者はまるでだめだ。全然仕事ができん。だから、いつまでたっても、俺が働かなきゃならん。情けない。お前らもしっかりしろ!」

 そんな内容だったと思います。それに対し、僕の友人の発した一言です。

友人「あんたがいるから、若者が育たないんだ。年寄りは何のためにいると思っているんだ。若者のためだぞ!!」

 この瞬間、形成は完全に逆転。友人の、部長に対する説教が延々と続きました。

 この一言は、私自身にも当てはまる言葉です。とかく会社というのは、金儲けが第一の目的になってしまっています。だけど、本当はそうじゃない。会社にしろ、何にせよ、世の中のすべてのことは、人を生かすことこそ、最大の目的であるはずです。会社で社員が給料をもらうのは当たり前のことですが、その仕事を通して生きがいを感じ、そして人間として成長してゆくことにこそ、会社が存在して、金儲けをしている意味があると思うのです。ところが、今の世の中では、金儲けが最優先のようになってしまっています。

 学校もそうです。子供たちに心身ともに健全に育ってもらうことこそが最大の目的のはず。なのに、自殺する子供が出るような学校になっていること自体、根本的に間違っています。教育よりもはるかに大切なことを、片隅に追いやってしまっているように思います。

 定年間近の部長クラスだから悪いというのではありません。僕自身もそうです。自分よりも若い世代の人たちに何を残してやれるか。金ではなく、人的資源ほど重要なものはありません。すなわち、自分が学んできたことを若者に伝え、その心を語り伝えていく、その人間として最も重要なことを、僕らはあまりにも怠ってきたのではないでしょうか? 現代社会がこんなにも歪んでしまっているのは、僕ら大人にこそ、責任があるのだと思います。学校で教えることは、教科書に書かれている「事実」に重点が置かれ、社会人になったら、お金を人生の中心にするように洗脳されてゆく。こんなんで、健全な社会が育つはずがなかった。

 最も大切なことは、「慈悲」「思いやり」「愛」といった、心を伝えることだったと思います。

 若者が失敗しそうだから、仕事を任せられないのではなく、失敗したら、上司がしっかり尻拭いしてやればいい。金よりもずっと大切なことがあるのだから。だけど、そんなことにすら余裕のない社会、その上司も、きっとそんな心の余裕すらもないんでしょう。だから、少しずつ、気づいた者から少しずつでも変えていくしかないんだと思います。

 僕らは、大消費社会の中で、若い頃を思いっきり楽しみました。だけど、この先の世代には、「同じように楽しめないんだよ、そんなことをしたら、地球はだめになっちゃうんだ」、と言います。何て都合のいい話なんだろうと思います。だけど、それでも、僕らは訴えなくてはならない、それは自分のためではなく、これからの若者達のためなんだから。そして、もっと先の未来の子供たちのためなんだから。

 未来の子供たちのために、僕は本気になっているのか、彼の一言をいつも肝に銘じて、活動しています。

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2007年2月14日 (水)

親友との再会

 20年ぶりの再会。彼は僕と大学は違うが、同級生。学生時代、理想の実現に向けて、生涯をかけて闘おう、と誓い合った親友。僕が先に挫折して、普通の社会人になった。その後、彼がどうしたか、知る由もなく、月日は流れた。

 検索エンジンなるものが世の中に誕生し、調べられないものは何も無い。8ヶ月ほど前、ふと彼の名前を検索してみた。ヒットした。とても珍しい名前なので、疑う余地はない。そして実現した、20年ぶりの再会。

 彼も僕と同様、紆余曲折の人生を歩いてきたようだ。生まれ故郷の石垣島で牛飼いをしたり、河島英五の付き人をしたり。そんな素敵な人生の中で、今は、大阪で小さな喫茶店を経営していた。

 お店を開いてまだ1年ちょっととのことだが、もう何十年も前からそこにあるかのような雰囲気。止まった時間。日常の生活を忘れて、ずっとその場所で、新聞を読み、コーヒーを飲み、そしてマスターに話を聞いてもらう。そんな当たり前だった古き良き時代の日常が、そこにはあった。

 わがままを言って、宿泊までさせていただいた。そして、お互いの20年間を語り合った。それぞれが、充実した人生を生きてきたことを確信した。

 今度いつ会えるだろうか? もう二度と会えないかもしれない。だけど、それはそれでいいと思う。必要があれば、必ず引き寄せあうと思う。そう確信できる。

 お近くにお住まいの方がおられましたら、ぜひ一度、お立ち寄りください!!

 彼のお店を紹介したページです!!

http://www.culinary.jp/08today/open/open200511ema/index.html

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2007年2月13日 (火)

地球を愛する会@西宮

 1泊2日の超ハードツアー(大阪~神戸)に行ってました。1日目は大阪で、学生時代に世界平和のために闘った親友との20年ぶりの再会。次に、大学の同窓会ですが、僕以外の奴らは化学会社や大学の現役の研究者なので、地球温暖化に関する意見を戦わせてきます。ぼろぼろにやられるかもしれません。

 翌日は、神戸に移動して、白血病で入院している親友のお見舞い。そして、神戸空港から北海道に戻ります。北海道では、花業界の大イベントがありまして、それに参加して、帰宅は日が変わってからになると思います。

 ある意味、僕の人生の総決算のような旅になるんじゃないかと思ってました。

 今日はその中から、西宮での素晴らしい出会いのことを。

 大阪~神戸旅行は早くから決まっていたのですが、ほんの数日前にミクシィで知り合ったニックネーム歌姫さんから、「地球温暖化」対策を始めたいとのメールを頂きました。場所を聞いてみたら、今回の旅行の通り道の西宮にお住まい。これほどの素晴らしき偶然があるだろうか!! 否、まさに必然!!に違いない。お願いして、お時間をいただけることになりました。

 当日、約束の時間より15分ほど早く着いたので、何かに引かれるように北へ向かって歩いていたところ、不思議な女性とすれ違い、目が合う。ちょっと考えたが、「きっとこの人だ」と思い、あらかじめ伺っていた番号へTEL。やはりそうでした。

 最初、おっかなびっくりっぽかった歌姫さんでしたが、話が進むにつれて、同じ空気に気づく(僕がそう思っただけかもしれないけど)。この人なら、(僕の不思議話の)何を言っても理解してもらえそうな気がする....(これも僕の思い込みかも)。

 そんなこんなで、わずか1時間少しの短い間でしたが、とても素敵な時間を過ごすことができました。そして、誕生しました、「地球を愛する会@西宮」。心が通じ合える、時間の長さは全く関係ない。そう、本来、心は、光よりも早く情報を伝え合えるんですから。答えは最初から、そこにあったのかもしれない。

 何かが始まってる。そんな予感....。

 願えば、必ず実現するんです。

 決して疑わない、そんな強い心と。

 「地球温暖化」阻止に向けて、強い心で立ち向かいましょう!!!

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2007年2月 4日 (日)

繋がる心

 今日はミクシィに書いた日記をそのままこちらにも書きました。これを読んで、ミクシィをやってみたくなった方がいましたら、気軽にメールください。招待状を送らせていただきます。

 ミクシィを始めてから、言葉の持つ素晴らしい力がわかるようになりました。「ミクシィ中毒」とか言って、パソコンの前に座りっぱなしになっていることを批判する人もいます。もちろん、そういう側面もあるかもしれません。だけど、それよりももっと、ミクシィには素晴らしい可能性があります。それは、文明の発展に伴ってバラバラになった人間の心を繋ぎ合わせてくれる、偉大な力です。
 
 言葉がこれほどまでに豊かに感情を表現できるなんて、考えたこともありませんでした。マイミクさんのほんの小さな一言、たとえば「えっ?」。こんな一言にも、深い思いを感じるようになります。それは、それまでの数多くの言葉のやりとりの中で、マイミクさんの心が僕の中に入っているんでしょう。

 言葉のない動物にとって、心はどのように伝わるのでしょう? 人間も、言葉の種類の少なかった頃は、どのようにして心を伝え合ったのでしょう? 言葉がなくても、心は伝えることができたのだと思います。その人のことがわかっていれば、顔を見ただけで、その悲しみが伝わることもあります。もっと昔には、遠く離れていても、思いを寄せる人の気持ちは伝え合えたのかもしれない。いや、伝え合えたのだと思います。

 そんな力が、ミクシィという、言葉を通したツールを媒介して、蘇ってきていることを感じます。人の心は、昔のように、まだずっと人間の数も少なくて、必死に助け合って生きていかなければならなかった頃のように、思いを一つにしなければ生きていけなくなってきていることを感じ始めています。そんな思いが、心の絆を強め始めていることを感じます。

 「地球温暖化」という全人類的な危機に対して、立ち向かおうとしている、大勢の人がいます。また、自分一人が頑張っても、どうにかなるものではない、と感じている人もいます。だけど、「誰かが何とかしてくれる」という思いでもいい、「自分のため」でなく、「未来の子供たちのため」に願いを馳せるだけで、世界は変わり始めていることを感じます。一人一人の思いが強まれば強まるほど、それは必ず偉大な力になります。

 あと少し、あと少しです。

 最近、テレビやマスコミでも、「地球温暖化」を取り上げる機会が目に見えて多くなりました。それにはいろいろな政治的な事情もあるのは確かです。だけど、そんな小さなことを理由に反対する必要はありません。それぞれの行動には、個人個人の利益が潜んでいるのかもしれませんが、だけど彼らを、いや僕らを突き動かしているのは、もっともっと大きな力です。全人類の、全生命体の願いが、僕らを突き動かしています。

 自分の心の声に耳を傾けてください。あなたの心の中でも、何かが芽生え始めているはず。答えはすぐ目の前にあります。

 あと少し、あと少しです。

 アルゴアさんが世界中で地球の危機を訴えています。誰か「日本のアルゴア」になってくれる人がいないか、願う声もあります。だけど、そんな必要はありません。自分の家族に、自分の友達に地球の危機を伝えるのは、自分自身です。私たち一人一人がアルゴアになって、真実を伝えなければならない。どこかの偉大な科学者に、どこかの偉い政治家に命令されても、人の心まで変えることはできません。自分の家族、自分の友達の心を動かすことができるのは、自分自身しかいない。

 そうやって、人の心は網の目のように、繋がっていきます。「地球温暖化」を乗り越えた時、人類は、世界は、そして地球は、新しい世界観、新しい宇宙観、新しい生命観を持って、いじめも自殺も殺人も強盗も賄賂も汚職も落ちこぼれもない、新しい時代を築き始めることができると僕は信じています。

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