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2007年3月23日 (金)

「新しい価値観」について

 僕が「新しい価値観」にこだわる理由です。

 僕は、自分の住む町で「地球温暖化」を阻止するための市民活動団体を運営しています。活動内容は、住民に対する広報活動です。まずは「地球温暖化」という事実を知らせ、その上で、自分たちにできることに取り組もう、というものです。そういう活動をしていると、「そんなことをやったところで、いったいどれだけの効果があるのか? 政治に働きかけなきゃ意味がない。法律でも作らなければ意味がない。いや、日本だけで頑張っても、アメリカや中国がやらなければ意味がない。」とよく批判を受けます。その際に、「ハチドリのひとしずく」理論で、「一人一人の小さな努力が.....」というのももちろんいいのですが、僕はそれ以上に、小さな市民活動こそが最も重要であると考えているのです。

 なぜなら、問題の根源は、人間の心の中にあるからです。たとえば、法律を制定して、CO2の排出抑制したとしましょう。CO2の排出量は減りますが、人々の心の中には、不満が蓄積されていきます。それでなくてもストレスの多い社会なのに、CO2の排出を伴うような趣味に生きてきた人にとっては、「我慢」でしかありません。地球温暖化問題がありとあらゆる「規制」というもので解決できたとしても、よりストレスの鬱積した社会となり、他の多くの社会問題がさらに重篤な状況になってくると思います。

 また、地球温暖化を含む環境問題は、あらゆる意味で、南北の経済格差の問題、人口爆発の問題とリンクしています。これらを同時に解決しなければ、どれ一つとして解決することはないと考えています。

 それらすべてを同時に解決してゆく方法は、人間一人一人が利他的な価値観を善しとし、これを実現することに喜びを感じられるような社会に変えてゆかなければならないと思うのです。だけど、それは決して法律とかによる押し付けであってはならない。みなが喜んで受け入れられるようなものでなければならない。だからこそ、先の見えない活動ではあるけれど、市民活動が非常に大切だと思うわけです。また、それは僕による押し付けであってもならないわけですから、すべての人の相互理解の中で築いてゆくものだと考えています。

 だけど、その際に、「利他的」ということ自体が、人間の本質と全く異質のものであってはならないと思うのです。「生命の本質が「遺伝子の複製」という、完全に利己的なもので、社会はそのための道具にすぎず、ある局面でのみ必要悪として利他的な状況も受け入れざるを得ない。」というのが真理であるならば、価値観の転換などは夢物語であり、どこまでいっても人間の本質にはなりえないからです。

 みなさんはどう思いますか?

 もちろん、僕の中では結論は出ています。「精神」は「遺伝子」には束縛されません。「遺伝子」から離れて、新しい進化をし、新しい価値観を築くことができるのは「人間の精神」です。地球を破壊し、危機的状況を招いたのは人間ですが、地球を愛し、長きにわたって慈しみたいと願っているのも人間です。知能の発達により、科学技術が発展し、その結果、地球の資源を使い尽くそうとしているのは人間ですが、哲学、道徳、宗教、精神レベルを発展させ、地球の危機を自分自身の痛みとして憂えているのも人間です。

 あらゆる問題の解決のための手段はすべて揃っており、実行するのはそれほど難しくありません。難しいのは、僕達自身の心の問題だけなんだと思っています。

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