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2007年5月 4日 (金)

食料事情:(昨日の続き)

 前回のブログはかなり急いで書いたので、朝になってもう一度冷静に書きたくなりました。

「穀物を燃料にするか、食糧にするか?」

 僕は、この一線だけは絶対に越えてはいけないと考えています。もちろん穀物が、すべての人間が満腹になるまで食べても、まだ十分に余っている、というのであれば話は別ですが、現状では、すでに不足しており、10億人の人が飢えに苦しんでいると聞いています。

「100リットルのエタノールを作るために必要な穀物の量は、一人の人間の一年間の穀物に相当する」--レスター・ブラウン

 ということは、ガソリンに3%のバイオエタノールを混合するとして、50リットルのタンクを満タンにするのに必要なエタノールの量は1.5リットル、すなわち一回ガソリンを給油すると、一人の人間の5日分の穀物を奪っていることになります。

 マリー・アントワネットが、フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と発言したと言われています(これは本人の言葉ではないとも言われていますが)。それでもこれは、食べ物と食べ物の比較です。

 今の私達はそのレベルではありません。食べ物をガソリンに変えようとしているのですから。

 このような事実を知ってもなお、私達は無関心でいられるとしたら、私達日本人は「地球温暖化」を乗り越えて生き続けることは不可能だろうし、生き続ける価値すらないと思います。

 フランス革命の時、バスティーユには大砲がありました。だけど大砲では、市民の怒りは抑えられず、フランスは変わりました。

 だけど今、世界の権力者たちは「核兵器」を持っています。地球を完全に破壊し尽くすほどの核兵器です。核兵器で脅されていて、飢えで苦しむ無力な人たちが、どのようにして愛と自由と幸せを求めうるのでしょうか?

 彼らに愛と自由と幸せをもたらすことができるのは、権力者の側にある私達自身であると思います。

 「自分一人が行動しても、何も変わらない」などと考える前に、行動するしかない、そう思います。

 僕は、バイオエタノールを販売している石油元売各社に抗議のメールをこれから書きます。

 頭の痛くなるような話題ばかりで申し訳ありませんでした。

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コメント

愛知県豊橋市で花屋をしています高橋といいます。
ここ数日、こちらのブログを発見して読ませていただいています。同感するだけでなく、今まで忘れかけていた自分の生きている意味を考えさせられています。ありがとうございます。

すでにお亡くなりになりましたが、自分の尊敬する豊橋技術科学大学の元学長の佐々木愼一先生のお話を思い出しましたので、下記に添付します。


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★佐々木 愼一 氏 講演録 Part.1

  21世紀をうらなう -エネルギー・資源は人口爆発に堪えるか-

  フラスコの中の小世界

フラスコに水を張り、グッピーを2、3匹はなち、クロレラを植える。下等生物ワムシと、砂にまぶした土壌バクテリアを器底に置く。生き物たちが生き続け、水の濁りも認められぬことを確かめてから密栓をする。
 太陽の光と、器内が冷えこまぬ程度の保温は必要とするが、密栓され外界と全く隔絶状況下にあっても、生き物たちは調和よく生きながらえる。
 魚やワムシの吐き出すCO2をクロレラが呼吸して成長し、代わりに酸素を提供する。魚の排せつ物をワムシが処理し、もろもろの汚れはバクテリアが浄化する。水を大気に、魚を人類に、クロレラを繁茂する森林にたとえ、ワムシを人と共生する生物、バクテリアを大地とみなせば、フラスコ内の様相はまさに地球上の営みに等しいといえる。
 器内のこの営みはほっておいても数ケ月はもつ。だが、グッピーが産卵し稚魚が増えると様相は一変する。魚たちの排せつ物が十分に処理されない。水は濁ってゆく。クロレラはCO2同化作用を失い、酸素は欠乏する。かくてほとんど瞬時にして小世界は調和を失って壊滅してしまう。環境が人口(魚口?)過多の圧力に屈した時、グッピー社会はその環境とともに崩壊し去るのである。
(石川英輔 大江戸えねるぎー事情(講談社)にも記述がある)
  イースター島の警告

 フラスコ内の出来事は単なる理科の実験に過ぎないのだろうか。人口が少しくらい増えたとて、人間社会では起こりっこないことなのでろうか。人間の住むイースター島でそれは現実に起こったのである。
 イースター島はサンティエゴから西へ3700Km、タヒチから東へ4500Km。ハワイ諸島とニュージーランドと、このイースター島を線で結ぶと、南太平洋上に巨大な三角形が描かれる。
 この三角圏内をポリネシアと証し、西に隣接する海域をミクロネシアという。東南アジアを出生地とする人々が、太平洋に浮かぶ島々をめざして移動を始めたのは紀元前にさかのぼる。面積16,628ha、周囲60Kmの絶海の孤島・イースター島に4~50人の人たちが上陸し、ポリネシア人として生活を始めたのは3世紀とも5世紀とも言われる。暮らすうちに人口は増え、いくつかの部族を形成してゆく。
 地味に乏しく農作に適さぬ土地ではあったが、ニワトリ、サツマイモなど、手のかからぬ食物で満足するこのポリネシア人たちは、あり余る時間を使ってモアイ像つくりに熱中する。
 彼らの信抑的・文化的産物であるモアイ像は、島中央の凝灰岩大地から刻み出され、海岸に海を背にして並び立てられる。6~7m、10tにも達しようという巨大な石像を、どうやって運び、どうやって台座の上に押し立てたか、その力学的所業は未だに謎である。
 この島の最初の訪問者はヤコブ・ロッゲフェンである。1722年、このオランダ人の見たものは立ち並ぶ巨大な石像に額ずき、敬虔な祈りを捧げる人たちの姿であった。人たちの暮らしは極めて貧しげであったという。人口は6000人くらいと推定される。50年後、1774年、第二の訪問者ジェームス・クックが上陸する。彼の見たものは、一体も余さずなぎ倒されたモアイ像と、惨めな暮らしに喘ぐ、ほんの一握りの生き残った人々だったという。
 千数百年にわたって独特な言語・文字・文化を創りあげてきた彼らに、この50年間、一体何が起こったのか。人口増がもたらす資源の枯渇、食料の窮乏は、部族間の対立を呼び、それらを奪い合う戦いとなり、最後には互いに食べ合うこともしたという。
 膨れあがる島の人口は、限られた資源をもってしては維持できない。食料・資源の奪い合いの果てに、自らが自らを一瞬にして滅ぼしてしまったのである。環境が食料争奪の圧力に屈した時、社会も文化もまたたく間に崩壊し、未開の状態に戻る。グッピー社会と何ら変わるところはない。
 地球はこのグッピー社会の、はたまたイースター島の二の舞を演ずることはないのか。この思いが筆者をイースター島行きへと駆り立てたのである。

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投稿: 高橋雅男 | 2007年5月 5日 (土) 08時42分

 高橋さん、こんにちは!! 貴重なコメントありがとうございます!!

 高橋さんの書かれた通り、人類は今最も重要な時期に来ていると考えています。人口は爆発し、資源は枯渇し、さらに地球温暖化。

 これらを乗り越えることは、過去の歴史から考えれば、ほとんど不可能とも思えますが、しかし我々には、過去のたくさんの失敗の記憶があり、また発達した科学があり、さらに優れた精神文化も持っています。

 絶望するには、まだ早すぎる。だけど、行動するなら、今しかないと思っています。

 これからも、アドバイスお願いします!!

投稿: 青い芥子 | 2007年5月 5日 (土) 12時43分

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