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2008年2月21日 (木)

地球を愛する会広報誌14号

14__1 14__2  みなさん、こんにちは!!

 地球を愛する会@月形の広報誌第14号を発行いたしました!! 

 今回もイラストいっぱい、わかりやすいネタで攻めております!!

 また、3/2に月形で農業者向けの講演会やりますので、お近くの方はぜひご参加ください!!

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2008年2月10日 (日)

科学で愛を語りたい(生命の本質が“愛”であるならば)

 こんなことを考えているのは、僕だけだろうか?

 僕は今、地球温暖化防止活動推進員と、地球を愛する会@月形の代表という、2枚の看板を背負って、地球温暖化のことを伝える活動をしているが、実は自己矛盾に苦しんでいる。

 僕らが少々頑張ったところで、地球温暖化を食い止めることなんて、本当はできないのではないだろうか(というか、かなり深刻な状態になってはじめて、人類は事の重大さに気づくだけであって、今の僕らの行動など、ほとんど意味がないのではないだろうか)? そして、それでもなお頑張っているのは、ある意味、僕自身の自己実現というか、自己満足に過ぎないのではないだろうか?、と。

 ただ、欧米で変化の兆しは現れはじめている。日本ではまだまだだが、ヨーロッパでは、イギリス、ドイツなどで、2050年までにCO2を60~80%削減するとしている。アメリカでも、民主党のヒラリー候補が同様の政策を打ち出している。情けない話だが、欧米各国が動けば、日本政府も動かざるを得なくなるのは目に見えている。しかし、それが本当にこの問題の解決に繋がるのだろうか? CO2を80%も削減するとなると、人類の歴史にとって(農業革命、産業革命に続く)3回目の革命ともいえる大変革となるだろう。しかし今回の革命は、過去の革命と明らかに異なるものである。

 人類発展の歴史は、便利さの追求の歴史であったし、贅を極める歴史であった。何だかんだ理由をつけては、他人の権利を侵害し、他の動植物の領地を侵略し、他国を侵略し、地球の資源・環境を浪費、破壊しつづけてきた。そしてそれは、ある意味、生命体の目的でもあり、増殖を止められず、飽和するのは必然なのかもしれない(人間は知的生命体であるからこそ、今が人類存亡の危機であると事前に予測することもできるが)。飽和の後に待っているのは、減衰して落ち着くのか、滅亡に向かうのか、それは地球の破壊の度合い(人類が生命を維持していく上での破壊の度合いであって、他のすべての生命にとって存続不能になるわけではない)によるだろう。

 しかし、人類は智恵を持っている。その智恵によって、他の動物にはない、二つの大きなものを手に入れた。科学と精神(意識)。

 科学は、確かに人類の発展に貢献してきた。人類がこれほどの数に増えても地球に存続できているのは、農業革命や産業革命をはじめとする科学の発達があったからだ。それは間違いないと思う。しかし今、その科学も大きな方向転換を迫られている。便利さの追求のため、知的好奇心のために、新規性のあるものなら、どんな研究でも良かった時代ではなくなり、エネルギーを浪費しない、人類の発展に寄与する科学を求められる時代に変わるだろう。

 精神の発展の歴史は、いくつもの宗教を生み出してきた。宗教は時に、支配者に利用されたこともあったが、基本的には人類の精神性の発達に寄与してきたと思う。だけど今の環境問題は、それらの宗教でも解決できないだろう。その最大の理由は、近年、特に20世紀以降の科学の発達のスピードがあまりにも速く、宗教が完全に置き去りにされてしまったからではないだろうか? 過去、たとえば2000年前、今でも存続しているメジャーな宗教が生まれた頃、当時の科学では解明できない多くの謎があり、人々は見えないものに恐怖し、また死を恐れ、宗教の中に真実を求めて、愛を学び平和を求めた。昔はそれでよかったと思う。しかし現在、科学がこの世のほとんどの謎を解明してしまったばかりに、過去の宗教の教えは科学が解き明かした現実とかけ離れ、結果、人々は形式的に宗教に所属したとしても、その本質に真実を求めることはなくなった。

 なぜこんなことを書くかというと、要するに、欧米では、人類のさらなる存続と発展のために、CO2を80%も削減して、歴史的な大転換をしようと言っているが、これまでの歴史を振り返った時に、そんなことが本当に可能なのだろうか、と僕は感じている。

 国家という立場で目標を掲げることは容易いが、ただひたすらに欲望を追求し続けてきた人類が方向転換することなどできるだろうか?

 僕は、今のままでは難しいと思う。三大宗教が全世界を席巻した時代であればまだしも、それらの権威が地に落ちた現代では、今のままで人の意識まで変えるなんてことはありえないのではないだろうか?

 もしその方法があるとしたら、現在の最先端の科学に裏付けられた真理、そしてその真理に基づいた愛(過去の宗教が説いてきたように、生命の本質が“愛”であれば、の話。もし、そうでなければ、違う未来を期待するしかない)。

 宗教や精神、意識というものを一切排除して発達してきた科学で、もし生命の本質が“愛”であると証明できたなら、人類の新しい方向付けができるのではないだろうか?、とかなり不思議な追求をしているが、僕の未熟な智恵と精神ではまだまだ見つかりそうにない(そもそも、その探求自体が無意味な可能性もあるが)。

 みなさんは、どのようにお考えだろうか? 「ばっかでねえの?」という厳しい批判もぜひ聞かせてください。そういう意見には上手に返答できないかもしれませんが…。

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